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習慣で早朝に目が覚めた。
時計で確認したわけではないが、恐らく5時ジャストだ。
時間を確かめようとして時計を探す。
(時計、時計と…)
部屋を見渡したが時計はどこにもなかった。
(おかしいな)
部屋に時計のひとつもあってもいいようなものだが。
(……)
同じベッドでは大神が静かな寝息を立てている。
安心しきった表情を浮かべて眠る姿はまるで天使のようだ。
起こさないように顔だけをそっと動かし、おでこにキスをする。
「…んっ」
大神は声を上げてみじろいだ。
「ごめん。起こしたか?」
「かやまぁ」
何度もまばたきをし、何とか瞳を開こうとしているのが、分かる。
「まだ寝ておけ。ほら、無理させちゃったからな…」
明け方近くまで大神を愛した。
癖も感じ方も俺の知る大神のままで、確信した。
目の前にいるのが大神だという確信である。
言動がおかしいのはきっと精神的に不安定になっているだけに違いないと思った。
そう信じたかった。
俺は時間も忘れて大神を愛し、大神も喜んで応えた。
夢にまで見た瞬間だった。
「うん。でも、だいじょぶだよ」
そう言いつつ、大神は眠気に勝てないらしく目蓋を閉じた。
そのまま、また眠ってしまう。
(朝になってもそのままか…)
ため息が出そうになるのを堪える。
昨日は夜だったから酒に酔っている可能性も考えたがー
関係はないようだ。
寝起きには人の素が出るという。
(あれが今の大神の素だというのだろうか)
まるで子どもなあの大神が。
「なぁ、大神どうしちゃったんだ…」
口に出して訊ねる。
大神は何も答えず、可愛らしい寝顔を惜しげもなくさらすばかりだ。
やけに眩しいなと思って目を覚ました。
いつの間にか眠っていたようだ。
手を伸ばしてもベッドに大神はいない。
大神がいた辺りのシーツはもう冷たくなっていた。
眠い目を擦って部屋を見渡すと、大神は床にぺたんと座りこんでいた。
白いシャツを着ている。
袖の長さはきちんとあっているにも関わらず、
腰の辺りなどはずいぶんとぶかぶかだった。
大神は俯いていて口元に笑みを浮かべ、何かを呟いている。
何を言っているのかは聞こえない。
姿としては愛らしいが、やはり何かが異様だった。
「大神?」
「ん」
大神は顔を上げた。
俺を認めて微笑む。
「起きるの遅い。朝ごはんとっくに来てるよ」
「そうか。すまん…あ、今は何時だ?」
「さあ」
大神は首を傾げる。
「時計は…ないのか?」
さっきも気になっていたことを訊ねる。
「時計なんてないよ」
さも当然のように大神は言った。
大神だけでなく、大神の置かれている状況にも違和感を感じる。
朝食が『来ている』という表現。
大神の部屋には朝食が届けられるのか。
それに目覚ましも含めて時計が本当にないなんておかしい。
(もしかして…)
嫌な予感が胸をよぎった。
ベッドから飛び降り、扉に手を掛ける。
予想通り扉はうんともすんともいわない。
「開かないよ」
さも当然のように大神が言う。
扉の下部には刑務所のように物の受け渡しができる隙間があった。
「大神…ここに閉じ込められているのか?」
恐る恐る聞いてみる。
「うん。俺、おかしくなっちゃたから、ここに閉じ込められているんだよ」
あっけらかんと笑顔で答える大神。
その姿に胸が痛んだ。
「大神、寂しかっただろう…ごめんな」
大神を抱き締める。
昨夜よりも腰が細くはかなくなってしまったような気がして、
一人でうろたえてしまった。
「加山が来てくれたからもう大丈夫だって」
大神は無邪気にまた笑う。
「加山がこれからずっと一緒にいてくれるもん。もう寂しくないって…」
そう言って、俺に頬ずりした。
すべすべした肌が気持ちいい。
大神の唇は、自分で舐めたのだろうか、濡れて光っていた。
その時、俺は自ら蜘蛛の巣に引っ掛かり、身動き取れなくなるまぬけな蟲を連想しながらも、
大神の甘い唇が吸いたくて吸いたくて、大神がむずかって嫌がるまで甘さを味わい続け、
その果てに「ずっと一緒にいよう」と約束を交わした。
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