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何度も何度も脳裏に描いた再会のシーンだった。
喜んで俺を迎えてほしい。
でも、怒っていたとしても当然だ。
もしかしたら、部屋の中に入れてもらえないかもしれない。
しかし、俺を待ち受けていたのは想像もしなかった始まりだった。
音を立てないようにそっと窓を覗き込む。
その途端、目がばっちりと合って、心底びっくりした。
「お、大神ぃ…」
大神は窓のすぐ傍の椅子に座り、窓の桟に肘をついて外を眺めていたのだ。
こんな深夜に、しかも月も出ていない夜に何故という思いが頭を掠めるが、
それも大神の微笑みに吹き飛ばされた。
大神ははやく入って来いというように手招きをする。
誘われるままに俺は窓に手をかけ、持ち上げる。
大神の部屋に滑り込んだ。
なんて声を掛けようか数え切れないほどシミュレーションしたのに、
言葉は全て吹き飛んでしまって、ただ身体が震える。
どうしようと思っているうちに大神に抱き締められた。
ふんわりと身体を包みこまれる。
大神の匂いがした。
身体が少し小さくなった気がする。
(痩せたんだろうか…)
仕事か、俺のことかどちらにしろ痛ましい。
「大神」
万感を込めて囁いた俺に
「加山ぁ」
大神はすぐ応えた。
甘えてくるような声。
「寂しかった」
「ごめんな。何年も…任務中にミスって、死んだことにするしかなかったんだ」
大神は一心に俺を見上げていた。
「いいよ。加山は戻ってくるって…信じてずっと待っていたから」
透き通るような声。
俺の中をさらっと通り抜ける。
大神の口調に僅かな違和感を覚える。
「毎晩、毎晩、窓の前に座って加山のこと待ってたんだよぉ」
「毎晩?」
「うん。毎晩。だって、加山はいつ帰ってくるか分からないでしょ?」
当たり前といった風に大神は笑う。
致命的だった。
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
(これは誰だ…これは俺の知っている大神じゃない)
姿かたちは間違いなく大神だ。
でもー…
「加山、寒い」
大神が身体をブルッと震わせた。
「あぁ、すまん」
夢中で窓を開けたままだった。
そういえば、夜風が吹き込んでいる。
窓を閉めようと身体の向きを変えて、手を伸ばした。
「だめっ。どこにも行かないで」
後ろから勢いよく抱きつかれた。
「もうどこにも行かないよ」
そう答え、大神のほうに身体の向きを変えながら、確信した。
(これは大神じゃない…)
少なくても俺の知っている大神じゃない。
すぐに思い当たったのは大神の気が触れたのではないかということだった。
しかし、以前の大神は健全な肉体だけでなく、健全な精神も持ちあわせた人間だった。
(それが何故…)
背筋を気持ち悪い汗が伝った。
「かやまぁ」
俺の戸惑いには全く気付きもせず、大神は唇をぶつけてくる。
子どものような仕草だと思った。
されるがままでいると大神は不安そうに見つめてきた。
「嫌?」
みるみる間に大神の瞳に涙が滲んだ。
慌てて答える。
「いや、そんなことない」
悪いことをした気になって、大神の唇をそっと吸う。
記憶のままの柔らかい感触だった。
しばらく感触を楽しみ、唇を離して、大神を見た。
視線が絡んだ途端に大神は笑顔になる。
「よかった…」
くるくると変わる表情。
(これは本当に…まるで子どもだ)
愕然とする。
しかし、本人に聞けるわけもない。
大神はまた瞳を閉じて、顔を近付けてきた。
大神は俺の肩を両手で押してくる。
俺の背後にはベッド。
ベッドに横になれということらしい。
(どうしたものだろう…)
正直、戸惑う。
大神がおかしいことははっきりとしている。
その一方で、子どもの戯れ程度のキスにも熱は蓄積していく。
(流されてはいけないー)
本能がそう警告した。
しかし、目の前には無邪気なほどに夢中で俺を求めてくる大神。
可愛くないはずがなかった。
「はやくしよ…」
上目遣いに見つめられる。
遊びにでも誘うような口調だと思った。
それでも、分かりやすく煽られる。
熱い。
だんだん何も考えられなくなる。
(大神がほしい…)
そう、欲しいに決まってる。
ずっと再会する日のことを考え続けてきたのだ。
こうやってくちづけを交わすことも。
舌を吸い、絡め合って、さっきまでよりもはっきりと感情をぶつけ合う。
唾液が混ざり合うと、互いの感情も混ざり合う気がして、更に昂る。
数え切れない程交わしたキスと同じ味。
同じ癖。
違和感も薄れる。
もう何度目か分からないキスのさなかに思考回路は停止した。
大神の肩に腕を回し、そのままベッドに倒れる。
縺れ合ってベッドに横になった。
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