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視線の先、たった5mしか離れていないところに立っているのが、南だと確信を得るまで10分はか
かった。
大学が別になった南とは5年以上会っていない。
大学2回の時に開かれた高校の同窓会が最後だった。
髪も立てなくなって、何てことのない色のスーツを着ている南は、夜の新宿に紛れていた。
(目立たなくなったな…)
そう思った。
中学や高校の頃は、ジミーズなんて言われながら、背が高くて、しかも、髪をつんつんに立てていて
、きらきらと輝いていて、目立っていた。
いつも俺は簡単に南を見つけることができたのに・・・
目の前の南は携帯をポケットから出したり、戻したりを繰り返しながら、苛々したような表情を浮か
べていた。
(待ち合わせかな?)
やっぱり南だと確信しても、俺はなかなか声を掛けることが出来なかった。
(迷惑かもしれない…)
そんな思いが頭を掠めたからだ。
俺と南は違う世界に住んでいるからー
「あのー…」
俺の声に南が携帯から目を離す。
南と視線が合った。
「みなみ…だよな?」
「東方か?」
恐る恐るといった感じに、でも、すぐに返事が返ってきた。
「おう」
笑顔で答える。
「久しぶりだな…」
南もさっきまでの苛々とした表情が嘘のように笑顔になった。
(あぁ、笑うと中学の頃のままだ…)
心の中で安堵する自分がいた。
「なぁ、折角会えたんだし、飯食いに行かないか?」
「でも…待ち合わせしてたんじゃないのか?」
「いいからいいから」
南が俺のコートの袖口を引っ張って、俺を歓楽街の方に連れていこうとする。
強引な行動にも苦笑がもれるばかりで嫌な気は全然しない。
南だったから。
ずっと好きだった南だったから。
人ごみを足早にすり抜け、客引きを無視する。
ビルの前に客引きのいないビルを選んで、南は入っていった。
人目は気にならないのだろうか。
俺の袖を掴んだままだ。
エレベーターに乗りこみ、やっと手を離す。
「俺、ごちゃごちゃ嫌い…」
一瞬、何のことか分からず、でも、南は俺とだと感覚的なしゃべりをしていたのを懐かしくも思い出
した。
「土曜だから人が凄かったな」
それをきちんとした言葉にするのは俺の役目だ。
南は分かってもらえたのを嬉しそうに頷く。
そんな嫌いな人ごみの中をわざわざ待っていたのはー
(やっぱり待ち合わせだったのかな?しかも、すっぽかされたみたいだったけど)
どうしても気になってしまった。
エレベーターがついたのはごく普通の居酒屋。
カウンター席に案内されて、とりあえず生中を頼む。
「再会に乾杯」
「かんぱーい」
南が酒を飲んでいるそんな当たり前のことに妙な感慨を覚えた。
(そうだよな…俺達もう25だもんな)
「なあ、交換して」
南が目の前に置かれた付き出しの小鉢を俺のほうに押しやる。
「かいわれか?」
「うん。かいわれ…」
小鉢には煮物の上にほんの5、6本かいわれ大根がのっていた。
俺の方に置かれた小鉢を渡してやる。
(かいわれは相変わらず食べられないか…)
そんなどうでもいいようなことが懐かしくて、口角が上がってしまう。
どうも俺の心は南に変わらないところがあると嬉しいらしい。
(そんなのあって当たり前なのに)
俺は中学、高校と6年間分の南を知っているのだからー
お互いの近況報告に話が盛り上がった。
俺のことは適当に話した。
話したくないわけではなかったが、真剣に話す程のこともないと思ったからだ。
なのに南は俺の話を相槌も入れずに聞き入っていた。
「南は?」
南は大学を卒業して、中小企業で働いていた。
外回りの営業でかなり忙しいらしい。
仕事の話となると南の口から何度もため息が漏れた。
(仕事大変そうだな…)
横顔をじっくり見ると、顔の輪郭が以前より鋭くなっている気がした。
学生時代に始めたバイトからそのまま自営業者になって、不安定ながらも自由気ままな生活を送って
いる俺には想像もできない苦労をしているのだろう。
「彼女いないのか?」
ふと気になったことを聞いてみる。
「お前こそどうなんだよ?」
「俺は…最近はいないよ。南は?」
「俺は最近別れてさー」
明るく南は言ったが、それは最近ではなくて、今さっきな気がした。
あくまで勘だけど。
「おい、南?」
「はいはいはい」
南の顔はさほど赤くない。
でも…
「一人で帰れるか?」
「はいはいはい」
(これは相当酔っているな…)
飲んだのは4杯ほどだが、ビール、焼ハイ、ワイン、日本酒とチャンポンで飲んでいたのが、いけな
かったのかも知れない。
「タクシーで送ってやろうか?家どこだ?」
「はいはいはい」
南はご機嫌そうに「はいはいはい」と繰り返している。
鞄の中を探ったら、住所の書かれたもののひとつやふたつ出てくるはずだが、5年のブランクがそう
することを戸惑わせた。
「南、俺の家来るか?」
「うん」
「じゃあ、おあいそするぞ」
南は無言ですっと立ち上がった。
意外にもしっかりとした足取りで歩き出す。
(酔ってはいても、酒には強いのかな…)
そう思いながら、ふと足元を見ると鞄が残っていた。
「おい、南!」
二人分の鞄を持って、俺は南の背中を追いかける。
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