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恋をして、恋に敗れ、これで終わるのだと思った。
違っていた。
それは始まりだったー
あなたへの月
激痛と視界が歪んで溶けるような気持ち悪さに襲われ、思わず床に座り込んだ。
背を脂汗が伝い落ちるのを感じて、目を閉じる。
「何なんだ・・・これは」
何か悪い病気なのだろうかと思い、そういえば数日前からずっと気分が悪く、
無意味に新次郎に当り散らしてしまっていたことを思い出す。
「悪いことをしたな」
力なく呟く。
まともに声を出せないくらい身体が辛い。
「それより・・・」
この状態をなんとかしないと、そう思った瞬間、ぬるっと生暖かいものが溢れ出し、腿を濡らした。
「な・・・にっ」
恐る恐るネグリジェの裾を捲り上げ、ぞっとする。
どす黒い血が足を伝っていた。
「これでもう大丈夫よ」
「ありがとう・・・」
「2、3日ゆっくりすれば良くなるし、どうしても大変だったらホルモン注射って手もあるから、安
心して休むといいわ」
ラチェットの言葉に少し安心して頷く。
稽古を休むと伝える為にシアターに電話を掛けると、ラチェットが出た。
その瞬間、ラチェットになら相談できると思い、仕事が終わったら部屋に来てくれないかと頼んだの
だ。
ラチェットは1時間程で来てくれた。
急ぎの仕事だけを片付けて、駆けつけてくれたのだ。
「びっくりするなって言うほうが無理だと思うけど・・・・・・よかったとでも言えばいいのかしらね?」
少し悩むように頭を傾げながらラチェットは言う。
「よかった?」
「だって、普通はお祝いするものでしょ」
「・・・・・・」
そう言えば、日本でもそうだったと思い出し、こんなことのどこが祝い事なのだろうと心の中で密か
にため息をついた。
この年になって初潮が来るなんて・・・
ラチェットが帰った後は、ひたすら眠った。
動けないのだから横になっているしかなかったのだ。
しかし、ラチェットに手当ての方法を教えてもらい、鎮痛剤を飲み、励ましてもらって、気分がかな
り落ち着いたのも事実だった。
まどろんだり、痛みに寝返りを打ちながら何度も考えた。
たまたま電話に出たのがラチェットで良かった。
長い付き合いで、おそらく僕の体のことを一番良く知っている彼女だから、打ち明けられた。
いまさら初潮が来たなんて。
それにしても何故今と思わずにはいられない。
自分の身体には一生訪れないものかと考えていたのに。
自分に何があったというのだろう。
思い当たることは一つしかない。
恋をした。
生まれて初めて自分の中途半端な身体を呪った。
完全に女性にならなければ、他のライバルと同じスタートラインにすら立てない気がした。
でも、まさかとは思う。
しかも、それが原因だとしたらなんて皮肉な。
恋に敗れた途端、こんなことになるなんて。
コンコンコンー
ノックの音に目が覚めた。
「誰だ」
「僕だよ。お見舞いに来たんだけど・・・入れてもらえるかな?」
その声はサニーサイドだった。
反射的にこんな弱っている姿をサニーサイドには見られたくないと思う。
しかし、すぐにそういう訳にもいかないと気付く。
今日、大事な稽古を休ませてもらったのだ。
下手をすれば明日も休まなければならないかもしれない。
嫌でも顔を会わせない訳にはいかなかった。
「どうぞ」
諦めて、僕は告げる。
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