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部屋の扉を開け、サニーサイドを迎え入れると、「気分が悪いから失礼する」と伝え、さっさとベッドに横になった。
サニーサイドは気分を害する様子もなく、鼻歌を歌いながら、椅子をベッドの傍に持ってきて、座る。
「まずはおめでとうとでも言うべきなのかな?」
いきなりサニーサイドとは話したくない話題に踏み込まれた。
生理のことがばれたということは性別もばれたということだ。
「ラチェットから聞いたのか・・・?」
生理になったことを知っているのはラチェットだけだが、彼女はさっきシアターのみんなには病気だ
と言っておいてくれると約束したのに。
何故という思いが頭を掠める。
「あぁ・・・」
サニーサイドはラチェットは悪くないよと前置きをしてから、
「最初はただの風邪だって言い張ってたけど、君は昨日まですこぶる元気にしていたしね・・・変だな
と思って問い詰めたら、他の誰にも内緒するという条件で教えてくれたよ」
「そうか」
ラチェットもサニーサイドに矛盾点を問い詰められ、正直に答えるしかなかったのであろう。
それなら仕方ない。
しかし、男性に身体のことを知られてしまった気恥ずかしさは大きい。
まともにサニーサイドの顔も見れない。
僕はシーツを引っ張り上げ、頭まで隠した。
そんな僕の気持ちなど全く知らず、サニーサイドはいつものように楽しげに饒舌に話す。
「でも、これで昴も立派な女性だね。まぁ、昴はこれまでも十分すぎるほどに色っぽかったけど、こ
れからその蕾が開花するのだと思うと、もう目が離せないね・・・」
「開花なんて・・・馬鹿らしい」
僕はそう吐き捨てる。
もしかしたら、一般的にはそうなのかもしれないが、僕は今、痛みと気持ち悪さで精一杯なのだ。
「でも、そうだろう。恋も結婚も出産も全部これからだよ」
「・・・・・・」
結婚。
出産。
これまで自分にはあまりにも縁遠いと思っていた言葉だ。
恋。
恋はしたけど、叶わなかった。
『これから』またあんな気持ちを経験するなんて信じられない。
胸が苦しくて切なくて、でも、甘い想いがー
いつの間にか涙が目頭に溢れていた。
シーツを被っているからサニーサイドには悟られないだろう。
だが、客人がいる前で泣き出してしまったいたたまれなさから、僕は寝返りを打ち、サニーサイドに
背を向け、急いで涙の雫を拭った。
「すまない。そういや辛いことがあったんだね・・・」
そんな言葉とともに頭を撫でられ、身体を反射的に強張らせた。
そんなことまでサニーサイドは知っているのだろうか。
誰にも打ち明けたことのない想いなのに。
それよりも今は・・・シーツの上からとはいえ、この男に頭を撫でられる筋合いはない。
「その手をどけてくれないか」
不快感を露に言っても、サニーサイドは手の動きを止めない。
「怖い言い様だね。昴は『手当て』という言葉を知らないのかい?」
「何の話だ?」
「昔から辛い時はその部分に手を当てると楽になるっていうだろ」
「それが?」
「今、昴は身体も心も辛そうだから・・・」
気遣わしげな声でそう言われて、その通りだと思う。
今、僕は身体も心も弱っている。
サニーサイドはそれを手当てしてくれるとでもいうことだろうか。
そんなことを考えていたら、笑えた。
「昴?」
「いや、なんでもない」
そんなこと・・・誰にも無理だ。
サニーサイドの手はいつの間にか腰にまで下りていた。
あんなにおしゃべりな男が無言で僕の腰をさすっている。
手をどけさせるタイミングは完全に失ってしまった。
確かに痛みは楽になるが、他人に身体を触られているのは落ち着かない。
サニーサイドがはやく飽きてくれることを祈ったが、そうはならなかった。
いつの間にか僕は眠っていた。
「大丈夫ですか?昴さん・・・」
僕の姿を見つけるなり、新次郎が駆け寄ってきた。
その姿に胸がきゅぅっと締め付けられ、痛くなる。
「あぁ、もう大丈夫だよ」
「良かったです。心配したんですよ・・・」
「それは・・・済まない」
「今日はスカートはいているんですね」
僕はいつもの短パンではなく、丈の長い黒色のスカートをはいていた。
「たまには気分転換にね」
新次郎の言葉を適当にかわす。
シアターの廊下を二人で歩いていくと、サニーサイドに会った。
「やあ、昴。もう大丈夫なのかい?」
「あぁ、迷惑を掛けてすまなかった」
「じゃあ、僕はこれで・・・」
仕事の途中だったのだろう新次郎は走って去っていった。
「本当にもう大丈夫?」
「昨日よりはかなり楽になった。昨日はいろいろ・・・その済まなかった」
僕はサニーサイドに腰をさすられたまま眠ってしまったのだ。
一生の不覚だ。
「気にしないでいいよ。それより、今日は可愛い格好をしているね」
ウィンクをしながら言われ、またかと僕は心の中でため息をつく。
今日、スカートをはいてきたのは、少し不安だったからだ。
きちんとナプキンはつけているが、もし漏れたりしたらと思うと、いつもの短パンでは不安だった。
だから、足が完全に隠れ、もし血がついても目立たないような色のスカートをはいてきたのだ。
「いつもの惜しげもなく素足を晒した姿もいいけど、そんなふわっとした女の子らしいスカートも似合ってるね」
「やめろ」
幸い周囲に人はいなかったが、いつ誰が通ってもおかしくない場所で、『女の子』という言葉を口に
したサニーサイドが許せなかった。
きつく睨みつける。
「大丈夫。誰もいないよ。誰にも言わないしね」
「もうその話題には触れないでくれないか?」
「そうだね。悪かったよ・・・」
サニーサイドは素直に引き下がった。
「昴」
サニーサイドが神妙な顔つきで手招きをする。
何かと思い、近寄ると、サニーサイドが身を屈め、耳元に囁いてきた。
「これからは毎月・・・その可愛いらしい格好が見られるのかな?楽しみだね・・・」
「サニーサイド!!」
思わず怒りのままに怒鳴ってしまった。
「あはは・・・そんなに怒鳴れるくらい元気なら、本当に大丈夫だね。安心したよ」
サニーサイトがひらひらと手を振りながら去っていく。
とんでもない人物に秘密を知られてしまったと僕はまたため息をついた。
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