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樺地を連れて避暑に出かけた。
日本海、二人っきりの静かな夏。
冬場の蟹料理以外には何の特色もない鄙びた漁港町の旅館。
どこでもいいから静かなところで、樺地と二人きりになりたくて
その旅館を選んだ。
のんびりと途中下車もしながら、電車を乗り継いで、
旅館に到着した時にはもう夜だった。
「なぁ、樺地?」
話しかけても返事がないことをいぶかしんで
顔を上げると、樺地は窓の前に立っていた。
その大きな背中を抱き締める。
「何見てるんだ?」
「海…」
確かに眼下には一面の夜の海だ。
「珍しいか?」
「はじめて…です」
確かに海水浴に行くだけでは夜の海を見ることは出来ない。
夜の海を見たことがないというのも珍しいことではないかも知れない。
樺地は飽きることなく一心に海を見つめている。
「そんなに興味あるなら目の前で見たらいい…」
俺は樺地の手を引く。
海岸まで下りていくと、波の音が大きいことに驚かされる。
砂浜の近くはまだ青に近いような紺色をしているが、
沖の方は墨を塗りたくったように漆黒である。
まばらに漁船の明かりが見えるが、それも頼りない印象で。
「怖いですね…」
「俺もそう思ってた」
握り合っている手に更に力を込める。
夜の海に恋人が絡め取られることのないように。
「もう戻るか?」
振り返った俺の顔を樺地の大きな手が包み、
暖かい接吻。
あっけにとられている俺に
「跡部さんは…俺が守ります」
力強い宣告。
たまらない嬉しさに飲まれそうになりながらも、言い返す。
「でも、俺も樺地を絶対に守る…」
背伸びして樺地の額に触れるだけのくちづけ。
「ありがとうございます」
暗闇の中で樺地の瞳が光るのを見た。
「泣くなっ」
大きな体を抱き締めた。
俺では包みこめないとは分かっていても、
つま先立ちになって腕を伸ばして、精一杯抱き締めた。
背中に樺地の腕がまわってきて、苦しいほど俺も抱き締められる。
きつくきつく、ひとつに溶け合ってしまうほど抱き合う。
「いつもまでも一緒にいような」
体温が鼓動がひとつに重なる心地よさに酔う。
「…ウス」
波の音すら二人に遠慮して遠ざかっていく。
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