4 秋に焦がれる
お母さんの鏡台の前に座る。
鏡にはあまり可愛いとは思えない顔が映っていた。
(せめて今日だけでも可愛くなれたらな…)
心の中でため息をつく。
今日は私にとって大切な日だった。
サニーサイドさんと初めてデートをするのだ。
それだけではない。
告白しようと決めたのだ。
もうすぐ冬が来て、サニーサイドさんとも出会って1年になる。
最初は会えるだけで嬉しかった私も、だんだん欲張りになった。
一度、手をつないだらずっとつないでいたいと思うようになった。
今はもっと親しくしたいとも思う。
好きで好きで胸が痛い。
でも、その反面、サニーサイドさんと一緒にいれば一緒にいるほど、
はぐらかされているようなからかわれているような気分になる。
それも仕方ないと思う。
だって、私はこれといった取りえもない世間知らずの小娘だ。
暇つぶしに弄んでみたくなるのかもしれない。
はっきりさせたかった。
悲しい結果を聞くことになるだけだと思うのに、
あの人の口から宣告されたかった。
私のこと何とも思っていないと言われたら、
「これまでありがとうございました」と言えると思う。
しばらくは辛いと思うけど、いつかは忘れられる。
お母さんが言うように私の初恋には、高嶺の花すぎたのだ。
いつまでもはっきりさせずに、焦がれ続けるよりはよほどいい。
(お母さん勝手に…ごめんなさい)
使いたいと言ったら100年早いと言われるのは目に見えているから、
無断だけど…口紅を引いた。
唇が真っ赤になった。
お父さんに一目惚れして、お父さん1人を頼りにまだ小さかった私を背中に背負って、
ブラジルからアメリカに渡ったというお母さん。
お母さんの勇気が欲しかった。
約束の時間から少し遅れて、サニーサイドさんが来た。
「ごめん。待ったかい?」
「いえ、大丈夫です」
こうやって会ってみると、もうそれだけで嬉しい。
自然と笑顔になってしまう。
「どこか行く?」
「あの…ここでちょっとお話できませんか?」
最初に告白しようと決めていた。
後回しにしては決意が鈍るかもしれないからー
ベンチに2人で座る。
「あの…」
「ん?」
「あの」
なかなか上手く言葉が出てこない私を、
サニーサイドさんはにこやかに笑いながら待っていてくれている。
ドキドキしずぎて心臓が飛び出しそうだった。
「どうしたの?」
「…好きなんです。サニーサイドさんのこと」
恐る恐る言って、サニーサイドさんの顔を見た。
サニーサイドさんはまだ笑っていた。
「それで?」
「え?」
「知ってるよ。そんなことは……
が僕のことをどうにかなりそうな程、恋焦がれてくれていることくらい」
胸に秘めていた思いをあっさりと知っていると言われ、
少なからずショックを受ける。
「で?
はどうしたいの?それによって返答が変わるよ」
どうしたいかなんて考えたことがない。
好きという気持ちだけで胸はいっぱいなのに。
私は陸に上がった魚のように追い詰められた気分になる。
「考えたことなかったです…」
素直にそう答える。
「ただ好きと言いたかっただけ?それとも違うの?」
サニーサイドさんの言葉にまた追い詰められる。
気持ちを伝えたかっただけと言えばそうだと思う。
でも、もし望んでもいいのなら、もちろん恋人のようになれたら嬉しい。
嬉しいけどー
ただ縋り付くようにサニーサイドさんの瞳を見つめることしか出来ない私に、
サニーサイドさんは無言で手を握ってきた。
それに後押しされるように重い言葉を押し出す。
「恋人に…して、ください」
なんとか言い切って、私は返事を待った。
愛の告白というよりは試験の面接といった気分だった。
サニーサイドさんはなかなか何も言ってくれない。
私は怖くてサニーサイドさんの表情も伺えなかった。
(遊ばれているんだ)
やっぱりそんな気がした。
サニーサイドさんは大人で、私はまだまだ子どもで、
いい様に遊ばれている。
(酷い人…本当に酷い人)
憎めたらどんなに良かっただろう。
でも、私は好きだった。
サニーサイドさんが言ったようにどうにかなりそうな程、好きだった。
そんなことを考えているうちに涙が滲んだ。
「
、泣かないで…」
優しい声音で言われて、余計に涙が溢れた。
この人は何故こんなに優しいんだろう。
こんなに優しくされて嫌いになれるわけがない。
「顔を上げて」
言葉に促され、恐る恐る顔を上げる。
「
のこと好きだよ。ずっと可愛いと思ってた」
「うそ」
「嘘じゃないよ」
そんな風に言われても信じらなくて、涙ばかりが溢れた。
その涙をサニーサイドさんは指で拭う。
「
に涙は似合わないよ」
雫が流れ落ちるたびに何度も何度も優しい手つきで拭ってくれた。
なんとか泣き止んだ私の唇に手の甲が押し付けられる。
サニーサイドさんの手に真っ赤な口紅が付いた。
悪戯をする表情で、その手の甲をぺロっと舐める。
思わず言葉を失うほど、セクシーな仕草だった。
「それに…まだこんなにセクシーなリップも似合わないね」
そう言われて借り物がばれてしまったようで恥ずかしくなる。
そんな私の唇をサニーサイドさんはじいっと見つめて、
「これくらいの色が似合うよ」
後で鏡を見てごらんと笑いながら言う。
「
がもっと大人になったら……是非付き合ってみたいね」
一頻り泣いた後のぼやけきった頭では、
振られたと分かるまで時間がかかった。
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