6 自由の女神に乾杯
私とアキラは岸壁に沿って歩いていた。
「ねぇ、もう帰ろうよ?」
「もうしつこいな姉ちゃん!見たいの?見たくないの?どっち」
アキラに睨まれる。
「ー…見たいです」
「じゃあ、行くよ」
アキラが私の手を取った。
強引に引っ張っていく。
目の前では豪華客船が着岸したところだった。
こんな夜遅く私たちが港を歩いているのには訳がある。
リトルリップシアターで船を貸しきって、
ニューイヤーパーティをしているという噂が耳に入ったからだ。
リトルリップシアターという名前を聞いて胸が騒いだ。
あの人は無事なんだろうか?
無事なら一目でいいから会いたい…
そう思ってから、やっぱりと思い直した。
(会っても仕方ないよ)
私は思いっきり振られたのだから。
でも、そんな私をアキラは「見るだけ見たらいいだろ」と、
無理やり連れ出して、ここまで引っ張ってきてくれた。
船のタラップを女優さん達が下りてくる。
みんな着飾っていて、信じられないくらい綺麗だった。
なんとなく気後れして、建物の影に隠れる。
(いた…)
あの人は船上で女優さん達を見送るように手を振っていた。
元気そうな姿に胸が熱くなる。
「あの人?」
「そう」
声が震えた。
「馬鹿…泣くなよ。そんな好きなら会ってこいよ?」
「無理。私、振られたんだよ…」
「それは前だろ。今は今!」
アキラは私の腕を掴み、強引に引っ張った。
「ちょ…痛い」
「こっち来いって」
「もう…やめてよ」
必死に抵抗する私にアキラは大きくため息をついて、叫んだ。
「すみませーん!サニーサイドさんですか?」
船上のサニーサイドさんの身体がこっちを向き、私を見た。
その目が驚きに見開かれ、やがて笑う。
「お嬢さん、夜のクルーズはいかがですか?」
背中がそっと押された。
「姉ちゃん、行ってこい…」
私はふらふらと歩いて、タラップを上る。
サニーサイドさんが笑顔で待っていてくれるって分かるから、
恥ずかしくて顔を上げることも出来なかった。
タラップを上りきったところで、サニーサイドさんに抱き締められる。
「彼は…弟さん?」
「はい」
私を抱いたままでサニーサイドさんはアキラの方を向き叫んだ。
「お姉さんを借りるよー帰りは家まで送るから!」
「分かりましたー」
アキラも叫んで答える。
「姉ちゃん!頑張れよー!」
アキラは走り去っていった。
また恥ずかしさで顔が赤くなる。
(もう。何を頑張れっていうのよ…)
サニーサイドさんは苦笑し、
「甲板にはパーティの残りがあるだけだし、中に入ろうか」
耳元で囁いてきた。
手を引かれて、船内に入る。
2人掛けソファの隣同士に座った。
当然のように手はつながれたままだ。
(ドキドキする…)
でも、アキラに言われたからではないけど、ちゃんと頑張りたいと思った。
思っていることは全部伝えたい。
「会えてすごく…嬉しいです」
だから、サニーサイドさんの目を見て、言った。
「サニーサイドさんが無事で良かった」
「僕も
に会えて、嬉しいよ」
肩に手が回され、力が込められる。
私の頭はサニーサイドさんの肩に乗った。
「セントラルパークの前で会った時、
が凄く綺麗で…ドキドキした」
「え」
「もし良かったら、やり直すチャンスをくれない?」
こんな素敵なレディを振ったことを後悔しているんだよとサニーサイドさんは笑う。
お酒に酔っているのか今日は言葉数が多い。
「
と付き合いたい…ダメ?」
甘えるような声で囁かれて、こそばゆかった。
「サニーサイドさん…」
「ん」
「私はサニーサイドさんのことがどうしようもない程好きなんですよ。
断るはずないじゃないですか…」
「そうか」
手が肩を離れて、髪を撫でた。
サニーサイドさんに触れられているのが心地よい。
「
…」
そっと呼ばれて、サニーサイドさんを見上げたら、唇が押し付けられた。
ちゅっちゅと何度も吸われる。
唇が離れて目が合うと、たまらなく恥ずかしかった。
そんな私をサニーサイドさんは抱き寄せる。
そのままずっと抱き締められた。
背中を撫でられる。
夢のような瞬間が持続しすぎて、眩暈を起こしそうだった。
「外に行こうか?」
誘われて、甲板に出ると、目の前に自由の女神が迫っていた。
あまりの大きさに立ち竦む。
「びっくりした?」
「びっくりしました…」
後ろから抱き締められ、どこから持ってきたのかグラスを渡される。
「自由の女神に乾杯しよう」
「はい」
「「自由の女神に…乾杯」」
グラスに口をつけると甘いお酒だった。
「こんなの飲んだら…私、酔っちゃいますよ」
「今日くらいは酔っぱらってもいいんじゃない?」
サニーサイドさんが悪戯っぽく笑う。
自由の女神も私たちに微笑んでいた。
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